法務省法制審議会家族法制部会が中間試案として提案する方向で検討している制度(法務省法制審議会第13回会議 資料12、資料13)を精査した結果、看過できない大きな問題があり、北村晴男部会長、高橋史朗先生ら、複数の専門家と共に民間法制審議会家族法制部会を立ち上げ、中間試案を高市早苗自民党政調会長に提出しました。

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「人はパンのみにて生きるにあらず」といいますが、法務省法制審案は、ほとんど「パン」(養育費)のみについて検討されており、パンと同様、あるいはそれ以上に大事な「愛」について検討されていませんでした。

DVは、夫婦間問題において重要な懸念事項であることは間違いありませんが、親子関係における中心課題ではなく、原則として考えられるべき問題でもありません。

親子という、法を超えた、法以前より存在する基本的な在り方を現代日本においてどのように規定するかという議論では、本来あるべき原則を明確にし、例外ではあるけれど無視できない要件をしっかりと矛盾なく示すことが必要です。

我々の民間法制審案では、原則的共同親権をその柱としています。子どもの受ける愛を半分にしてはならず、子どもに愛を与えることを放棄してはならず、人の子である親もその尊厳と幸せを奪われない社会こそ原則であるべきです。

選択的共同親権制には、単独親権と共同親権のいずれを選ぶかという争いを呼ぶ懸念があり、単独親権を選ぶ際にいずれが親権者となるかという争いを呼ぶ懸念があり、子にとってはどちらの親に捨てられるのかを見守る争いであり、現状の単独親権制に勝るとも劣らず問題の深刻化が予想されます。

一人親のために収入が少ないという問題は、父母双方が同程度の監護を行う場合には監護負担による就労限界が緩和されるはずです。男女平等の社会実現には、どちらの性であってもワークライフバランスを実現できる社会に移行する必要性があり、諸外国の例を見ても決して不可能ではありません。

養育費問題の根本的な解決は、子どもを育てる喜びから自然に湧き上がる愛情を伴った養育費の共有であり、父母双方が経済的にも自立できる社会の実現であり、敵から奪った戦利品の分配であってはなりません。

日本社会は共同親権を受け入れる社会的土壌が成熟していない、との反論もあることでしょう。では、よく考えてみてください。日本社会には近代法が成立して以降、家制度による親子・夫婦関係が規定されていました。戦後の法改正時、日本にはこれを改めるだけの十分な社会的理解があったでしょうか。制度改革にはそれに必要なだけの社会的理解が不可欠であるという場合、家制度を改めるだけの十分な社会的理解に欠けていたために、現在まで親子問題が解決できなかったということでしょうか。社会的理解が制度改革に先んじなければならないという主張をされる方々は、現状の問題点をもって、日本社会は旧来の家制度に戻すべき、と主張されるのでしょうか。

タマゴが先でもニワトリが先でも構いません。どちらかが変わることで他方を変えていくことができます。今般、国連機関や諸外国、そして当事者たる親権を失った親や子どもたち自身からも批判があるように、日本の離婚後単独親権制度は早急に改善されなければなりません。

これまで親子断絶防止法や共同養育支援法といった共同養育に向けた理念法の制定は頓挫してきました。今回の法務大臣の諮問を受けた法改正のための手続きでは、親子の基本的な在り方を法理念として明示しなければならず、何を原則とし、何を例外とするのか、ということが社会通念として理解できるものである必要があります。

そして、現状の人権侵害状況に鑑み、不遡及原則に勝る基本的人権の実現のため、過去一定期間の親権喪失者と一定年齢の子どもたちへの救済措置も盛り込まなくてはなりません。

法務省法制審議会案においては、父母の葛藤を前提とした離婚前後の制度設計が提案されていますが、子どもの最善の利益を考慮すれば、父母の葛藤の低減こそ最も重要な解決策のはずです。我々の案では、子どもの愛の享受にとどまらず、子どもが本来求めている父母間の愛の継続の可能性も視野に入れたものとなっています。

親としての愛を理解される皆様、そして、将来、お子さんが親となったときに、彼ら・彼女らが、その子どもたちへ愛を与え続けられる社会を求める皆様のご協力とご支援をいただければ幸いです。