どんな人であれ幸福に暮らしていく権利を有しているはずです。もちろん子どもを第一に考えるものであっても、DVの被害者も救わなければならないし、加害者であっても救わなければならないと思います。

DV被害者支援を行っている方がこの法案に反対する心情は十分理解できます。加害者への処遇は別途検討されるべきですが、最近のDV増加が真実だとすれば、DV被害者を匿う施策よりもDV加害者を更生させ、事前に思いとどまらせ、かつ生み出さないための施策こそ重視されるべきです。

DV加害者に加害行為に至る理由を求めた場合、生まれつきなのか、生後の養育環境や性格形成上の問題なのか、当事者間の関係性の問題なのか、と考えることができます。生まれつきそうなのであれば責任を求めることはできません。当事者間の関係性であれば(家族療法の考え方)、加害者のみへの更生プログラムは効果を発揮しません。

医学の予防概念を考えれば、予防接種のように全体への対応である一次予防、早期発見早期治療である二次予防、治療後のリハビリや社会復帰を念頭においた治療そのものである三次予防に分けられます。

非行臨床の経験からは、DV加害者の三次予防である更生プログラムは、単に処罰を与えるのみではほぼ効果がないと言えます。また罰則の存在のみによって予防効果がないことは死刑制度の効果と同様かと思います。加害者臨床を実施する心理士であれば、彼らが自分こそ被害者であるという強い被害感情を幼少のころから抱いていることを理解していただけると思います。彼らを真に更生するためにはまさにその時点から満たされてこなかった感情への共感や自尊心の向上こそ最初に必要なものだと考えています。DV加害者の多くは機能不全家族に育ち、両親の愛に包まれた経験が乏しいのです。児童養護施設にいる児童らには愛情をもって接することが基本ですが、成人したとたんに愛情ではなくて処罰によって接することが更生に資するとは思えません。

仮にDV加害者がDVの責を負うべきとの考えであれば、被害者の責任や被害者との関係性は問われず、被害者が守られ匿われても、加害者は世の中にのさばり続け新たな被害者を見つけ出すことになります。DV加害者は他者支配の欲求が高く、その状態への依存がありますから、新たな被害者を見つけて同様の関係性を築こうとする傾向が高いと考えられます。ですから、加害者への三次予防を抜きにDV被害者支援をしても、DVの減少にはつながりにくいと考えなければなりません。

児童虐待への現行の対応を見れば、例えば親が一回でも子どもを叩いたからといってすぐ親権・監護権を失うというものでもなければ、即座に子どもを一時保護するというものでもありません。児童相談所は子どもの安全が確保されていると判断すれば、現状の監護を継続した中で、子育ての大変さに共感しながら対応の仕方を伝え、養育者を支援します。児童虐待防止法によって二次予防の端緒となる早期発見・早期対応がなされるようになりました。

一方、DVに関しては他者からのDVの疑いがあっても介入せず、DVを受けたという訴えがあれば何ら加害者の言い分を聞かずに、子を連れた引き離しが助言されています。DVが関係性によって生じるとすれば早期発見によって離婚に至らない関係性の修復が期待できるはずです。この段階で被害者の主張のみ聞くことは、被害意識の強いDV加害者の行動化を招くきっかけにすらなりえます。双方の思いを聞き、相手への批判や過度にそれを煽る傾聴ではなく関係性の改善に向けた提案ができてこそDVを早期に改善し、子のいる家庭では面前DVという心理的虐待の予防・改善ができるものと考えられます。児童虐待防止法にならい、加害者支援の視点を持つことこそ重要な予防・改善策であると言えます。

そもそもDV加害者の支配欲求・攻撃性・衝動性や被害意識は、幼少期からの愛情不足や承認欲求の満たされなさ、悪しき行動のモデルの存在といった家族の機能不全の影響を少なからず受けているのですから、一次予防としては現在の子ども達を取り巻く家族・社会環境を改善し、安心・安全な養育態度をつくっていくことが必要になります。

現在国会議員の先生方が議論されている親子断絶防止法案は、直接的にDVを減少させる効果はありませんが、親子関係の断絶を防止し、子が親から愛される養育環境を目指すものです。これにより(社会的な意識の変化による圧力も生じ)、離婚や別居後の子の傷つきを減らすことができ、結果として将来的なDV加害者となるリスクを減らす一次予防の効果が期待できます。

連れ去りの原則的禁止は、連れ去ったもの勝ちの司法判断を改めていきますから、連れ去る前の協議を促します。そして、別居後であってもフレンドリー・ペアレントルールの採用に至れば、双方が罵り合い子の福祉を害するような親子の断絶をさせることが自らの不利益になると理解されるに至り、夫婦間の高葛藤化を防ぐことができます。つまり、少なくとも双方が親としての関係性を維持する程度には関係修復が期待できるものであると言えます。

親子断絶防止法は、離婚後も子の養育への責任を双方に求めるものですから、離婚すれば生活費も養育費を支払なわないと考えているようなDV加害者に対して、離婚による責任回避を抑止する効果があり、また経済的な理由によって離婚をためらっているDV被害者にとっては養育費の支払いが期待できることから救済の可能性が高まると考えることができます。これらは、これまで関係破局に至ってから連れ去りを実行するしかない状況が生じていたケースであっても、より早期に協議させるための動因となり、従って二次予防である早期のDV発見・対応の可能性を高めます。

親子断絶防止法は、DV加害者の性格形成における幼少期の原家族の問題を知らしめ、自らの傷つきに気づき、癒すためのきっかけを提供します。被害者への懺悔や認知変容・コミュニケーション指導に留まらず、DV加害者の救済こそDV問題の真の解決につながるのですから、本法案はまさにDV問題の解決の方向性を示すものと考えられます。